会社員の生き方

出世のために全部の飲み会に参加していた私が、「何の得にもならない飲み会」を好きになった理由

社会人になってから結婚するまで、私は誘われた飲み会には基本的にすべて参加していました。

特に先輩や上司から誘われた飲み会は、ほぼ断った記憶がありません。
時間が遅くても、仕事が多少残っていても、多少体調が悪くても参加する。
「今日は行きたくないな」と思っても、とりあえず行く。

なぜそこまでして参加していたのか。

理由は、当時の私は「同期の中で一番早く出世したい」と思っていたからです。

それから十数年。実際に目標としていた昇進も経験し、結婚して家族もできました。そして今、私の飲み会に対する考え方は大きく変わっています。

飲み会が嫌いになったわけではありません。むしろお酒は今でも好きです。

変わったのは、「誘われたから行く」から「この人たちと、この時間を過ごしたいから行く」になったことです。

目次

  1. 同期で一番早く出世したくて、飲み会を断らなかった
  2. 振り返ると、やっていたのは「機嫌取り」だった
  3. 飲み会のコストは「5,000円」だけではない
  4. 今好きなのは「何の得にもならない飲み会」
  5. 「全部行く」から「選んで行く」へ

1.同期で一番早く出世したくて、飲み会を断らなかった

私は入社した頃から出世したいという気持ちが強く、「最短で係長になる」という目標を持っていました。

そのため、仕事で成果を出すことはもちろん、先輩や上司との人間関係も大切だと考えていました。飲み会も仕事の延長線上にあり、「誘ってもらったのだから断らない方がいい」「こうした付き合いも評価につながるかもしれない」と思っていたのです。

だから仕事が残っていても飲み会に行きました。多少体調が悪くても参加しました。

今考えると、当時の私にとって飲み会は単なる娯楽ではなく、出世するための活動の一部だったのだと思います。

2.振り返ると、やっていたのは「機嫌取り」だった

では、そこまで参加した飲み会から何を得たのか。

正直なところ、それほど多くのものを得た感覚はありません。
同じ人と高頻度で行っても話のネタは同じような話題ですし、そこから得る学びは少ないのは当然だと思います。

もちろん、中には気づきを得るような話を聞いたり、普段聞けない話を聞いたりすることはありました。ただ、当時の自分が一番意識していたのは、先輩や上司の機嫌を取ることだったように思います。

相手の話に合わせる。失礼なことを言わないようにする。上司や先輩が楽しんでいるかを気にする。

「自分はこの人と何を話したいのか」より、「この人から自分はどう見られているか」を気にしていました。

その後、目標としていた昇進を実現することができました。
それ自体は嬉しかったですし、今でも仕事で評価されたことには価値を感じています。

ただ、振り返ってみると、あれほど飲み会に参加したことが出世にどれだけ影響したのかは分かりません。少なくとも、当時の私が考えていたほど大きなものではなかったと思います。

今の自分が若い頃の自分に何か言うなら、「飲み会に行くな」とは言いません。

ただ、仕事が残っていたり、体調が悪かったりするのに、無理をしてまで行く必要はなかったとは伝えたいです。

3.飲み会のコストは「5,000円」だけではない

結婚して家族ができ、年齢を重ねるにつれて、時間に対する感覚も変わりました。

例えば会費5,000円の飲み会があったとします。若い頃の私は、その飲み会にかかるコストをほぼ「5,000円」として考えていました。

今なら、5,000円+3時間+翌日のコンディションまで考えます。

特に家族ができてからは、自分が飲み会で3時間を使うということは、家族と過ごせたかもしれない3時間を使うことでもあります。

だからといって、飲み会に行かないわけではありません。それだけのお金と時間を使ってでも「行きたい」と思えるなら、今でも喜んで参加します。

変わったのは、飲み会に行くことをデフォルトにしなくなったことです。

4.今好きなのは「何の得にもならない飲み会」

そして面白いことに、今の私が参加したいと思うのは、仕事上は「何の得にもならない飲み会」だったりします。

例えば、大学時代の友人、妻の友人、保育園で知り合った親同士。

こうした人たちと飲んだからといって、会社で評価されるわけではありません。給料が上がるわけでも、出世するわけでもありません。

でも、私はこういう飲み会が好きです。

なぜだろうと考えてみると、共通しているのは直接的な利害関係が少なく、立場がフラットであることでした。

そこには自分を評価する上司も、自分が評価する部下もいません。「上司だから話を合わせよう」「これを言ったら評価に響くかもしれない」と考える必要もありません。

仕事、子育て、お金、家族、人生。
それぞれ違う環境で生きている人と、立場を気にせず意見を交わせます。

そして何より、相手に気に入られたところで、仕事上の直接的なメリットはほとんどありません。

でも今は、それが心地いいのです。

昔は「自分のためになるかもしれない」と思って参加していた飲み会から、それほど多くのものを得られませんでした。

一方、今は仕事上の見返りをまったく期待していない飲み会の方が、楽しく、豊かな時間だと感じています。

損得を考えて参加していた飲み会より、損得を考えなくていい飲み会の方が楽しい。

これは若い頃には分からなかった感覚です。

5.「全部行く」から「選んで行く」へ

ここまで書くと、「会社の飲み会は無駄だから行かない方がいい」という話に見えるかもしれません。

でも、私が言いたいのはそういうことではありません。

会社の人との飲み会でも、自分が行きたいと思えば参加します。そこでしか聞けない話もありますし、人との距離が縮まることもあるでしょう。

ただ、若い頃の私は「誘われたら行く」と決めていたので、そもそも自分で選んでいなかったのだと思います。

今は、「この人たちと、この時間を過ごしたいか」を考える。行きたければ行くし、そうでなければ無理をしてまで行かない。

「全部行く」から「全部断る」になったのではなく、「選ばなかった」から「選ぶようになった」。

今も仕事で評価されたいという気持ちはあります。ただ、家族との時間、読書、ランニング、一人でお酒を飲みながら考える時間、そして利害関係のない人たちと話す時間など、出世以外にも大切にしたいものが増えました。

若い頃は「誘われたから行く」。

今は「この人たちと、この時間を過ごしたいから行く」。

飲み会が嫌いになったのではありません。自分の時間を誰と過ごすのかを、自分で選ぶようになった。

そして今では、仕事上は何の得にもならない人たちと、立場も損得も気にせず飲んでいる時間が結構好きです。

何かを得るためではなく、その時間そのものを楽しむ。

そんな飲み会なら、これからも喜んでお金と時間を使いたいと思っています。