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子どもが覚えているのは、お金か時間か~父を尊敬している。でも同じ道は選ばない~

私は35歳で妻と娘と3人で過ごしています。
資産は3,000万円を超えました。
年間配当は98万円あります。

数字だけ見れば、かなり順調ですが、仕事は忙しく21時過ぎに帰ったり休日に仕事をする日もしばしばあり、どうしても頭から離れない問いがあります。

私が死ぬ時、私の子どもや妻は、私の何を印象として覚えているのだろうか。


父の背中

私の父は、小学2年生のときから単身赴任でした。

そこから20年以上。
私が30歳近くになるまで、父は実家にいない生活が続きました。

高校を卒業して私は地元を離れました。
気づけば、父と一緒に過ごした時間は、驚くほど少なことに加え、父は不器用だったこともあり、分かりやすく愛情表現をしてもらう機会はほとんど記憶にありません。
そうしてほとんど合わない日が多い中、月日は流れ、昔は強くて大きい印象だった父が、気がつけば年をとり大病も患い細く小さく感じる。
いつまでも元気でいる訳ではないという当たり前を少しずつ感じ始めています。

でも、父を恨んでいるわけではありません。
むしろ、尊敬しています。

家族のために必死に働いていることは見た訳ではありませんが何となく感じていましたし、
経済的に困ることは一度もありませんでした。

塾にも実家から離れた場所の大学にも行かせてもらい、生活費も仕送りしてもらい不自由はありませんでした。

もし今、「父に感謝していることは何か」と聞かれたら、

真っ先に浮かぶのは、

「大学まで出してくれたこと」
「経済的に支えてくれたこと」

です。
それは本心です。
でも同時に、こうも思います。
私は、父と何をしただろうか。
一緒にどこへ行ったか。
どんな会話をしたか。

具体的な情景は、あまり出てきません。
それが、少しだけ寂しい。
私は、今の一緒に過ごせるうちから娘に対して向き合い方を考えなければならないと思いました。


書籍(アートオブスペンディングマネー)と、私の実感

書籍で、印象に残っている物語を紹介させてください。

ある司祭は病院で死にゆく患者に対して最後の儀式を執り行ってきた。そのため、人々が愛する人に別れを告げる様子を間近で見続けてきた。
親の最期の時が近づくと、子供たちは絶望感を抱え、自分の人生において計り知れないほど大きな存在だった親にどう別れを告げればいいのか?
司祭は子供に天国に旅立とうとしている親に、1番感謝していることを1つだけ伝えるように助言するのだという。

問題を多く抱えていた家庭や、ぎくしゃくした親子関係にあった家庭では、子供は自分にお金をかけてくれたことに対して親に感謝することが多い。

「大学に行かせてくれてありがとう」「不自由なく育ててくれてありがとう」

一方で、しっかりとした親子関係を築いていた家族の場合、同じことを言うそうだ。それは、

「私を信じてくれてありがとう」

私はこの話を読んだとき、
胸がざわつきました。


今の自分を振り返る

私は21時過ぎに帰宅します。

平日の育児は、ほとんど妻に任せている状況です。
会食もあります。

休日はできるだけ子どもと遊びますが、度々仕事が入ります。

私は、子どもに「大学まで出してくれてありがとう」と言われたいわけではありません。

できれば、

「父ちゃんと過ごした時間が楽しかった」と言われたい。

でも今の働き方の延長線上に、その未来はあるのか。

自信が持てません。


父を否定しない。でも、同じ道は選ばない。

ここは誤解されたくありません。

私は父を否定しません。

あの時代、あの状況で、
家族を守るために最善を尽くしたのだと思います。

だから尊敬しています。

でも――

私は、同じ道は選びたくはありません。

単身赴任を否定するわけではありません。

ただ、「経済的に守った父」で終わりたくない。

私は、「一緒に過ごした父」として記憶されたい。

これは父への反発ではありません。

父が守ってくれた土台の上で、
もう一段、違う選択をしたいという意思です。


だから戦略にする

感情だけでは、現実は変わりません。

だから私は戦略にします。

37〜38歳でフェーズ2に到達し、そこから働き方を調整する。

期限を決めて出世を目指し、期限を決めてアクセルを緩める。

父のように、仕事1本で無期限で走り続けるのではなく、期限付きで走ろうと思います。