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中部電力の原子力不祥事は設備の問題ではなく、組織的な問題

中部電力 の原子力における不適合事象。

発見は社外からの告発だった。
しかし、社内でも懸念の声はあったという。

それでも是正されなかった。

この構図を見て、私は強い既視感を覚えた。


社内で違和感の声は、無かったのか?

違う。

多くの組織では、「気づいている人」は必ずいる。
現場は異変に敏感だ。違和感を察知する。

問題は、その声がどこで止まるのかだ。

今回の件も、管理職層で止まっていた可能性が指摘されている。

ここに、“組織文化”の問題があると考えている。


私の実体験からの考察

私は中部電力に勤めてはいないが、
これまで、今の会社で経営層のすぐ近くで仕事をしてきたと同時に、現場も経験してきた。

両方を見て感じたのは、
経営と現場の距離の遠さだ。

経営層は大学卒中心。
現場は高卒中心。

もちろん学歴の問題ではない。
問題は「関心」と「理解」だ。

経営層の関心は、

・社内政治
・自分の得意領域に関心を持ち、それ以外は無関心
・対外的な説明やポジション

一方、現場の実態は、

・慢性的な人手不足
・暗黙知で回る業務
・前例踏襲の運用

だが、その実態を経営が深く理解しようとする姿勢は、正直あまり感じられない。

結果として、

現場は現場の管理職任せ

になる。

そしてその管理職は、

・上からの評価を気にし
・波風を立てないことを優先し
・問題を「小さく」処理しようとする

この構造は、どこにでもあるのではないか。


なぜ管理職は止めてしまうのか

管理職は悪意で止めるわけではない。

止めた方が合理的だからだ。

・部署評価が下がる
・トラブル部署のレッテル
・昇進に影響
・余計な仕事が増え、部下の負担になる

減点主義の組織では、
問題を上げることは“リスク”になる。

だから「穏便に済ませようとする」という選択が生まれる。
この人間心理は変わらない。


経営と現場の距離が生むもの

経営が現場を理解しない。
現場は経営を信用しない。

このとき起きるのは、

本音が上がらない組織だ

表面上は報告が上がり、現場の管理職の関与を強化することなどの実効性の低い再発防止対策が出される。
だが、本当に危ない真因を追求した芽は共有されない。

なぜなら、「どうせ分かってもらえないし、言ったところで自分に対して何もメリットがない」という諦めがあるからだと思う。

私は、これを何度も見てきた。

正論が通らず、上の声が優先される瞬間。論理的な声よりも声が大きい人が勝つ瞬間。


不適合は“文化”が生む

今回の件を、単なる手続きミスや個人の判断ミスで終わらせてはいけない。

設備は壊れたら修理できる。
だが、文化は簡単には変わらない。

もし経営と現場の距離が埋まらないままなら、
同じ構造は繰り返される。


組織が変わる条件

組織が変わるのは、

・トップが現場の実態を直視する
・評価制度を変える
・問題提起を昇進評価に組み込む
・管理職に“隠すリスク”を負わせる

このレベルまで踏み込んだときだけだ。

再発防止策の紙ではなく、
人事制度に手を入れられるかどうかなど

そこに本気度が出る。


最後に

私は会社員として、
経営の理屈も現場の苦しさも
両方見てきた。

だからこそ言える。

不適合は、設備の問題ではなく、組織が“声を殺した瞬間”に起きる。

今回の件を、一企業の問題として終わらせるのではなく、
日本企業全体への問いとして受け止めたい。

投資家として見ていること

投資家として私が注目するのは、今回の不適合事象そのものよりも、中部電力 がこの後どこまで組織の奥深くに踏み込めるかだ。
再発防止策の文書や説明資料はどの企業でも出せる。
しかし、本当に価値を左右するのは「声を上げた人が守られる組織」に変われるかどうか。財務諸表には現れないが、組織文化は長期的な企業価値を決定づける最大の無形資産であり、同時に最大のリスクでもある。私はそこを見ている。