平均年収、平均身長、平均貯金額…。
気づけば日本人は、何でもかんでも**「平均」**を気にします。
でも冷静に考えると、なぜこんなに平均値ばかりが使われているのか、ちょっと不思議じゃないですか?
平均値が好き=「安心したい」生き物
日本人が平均値を好む理由を一言で言うと、
👉 安心したいから
これに尽きます。
- 平均より上 →「よし、セーフ」
- 平均より下 →「やばいかも…」
平均は自分を評価するための物差しとして使われがちです。
前回の投稿を見た方はすでにピンと来ていると思いますが、この時点で、すでに平均値の罠にハマっています。
平均値は「普通」を教えてくれない
平均値が教えてくれるのは、
「全体を無理やり一本の数字にした結果」
だけ。
さっきの年収の話で言えば、
- 実際に一番多い層 → 300〜400万円
- でも平均値 → 429万円
普通の人がほとんどいない場所に、平均値は存在する
これ、めちゃくちゃ皮肉ですよね。
学校教育が刷り込んだ「平均信仰」
日本人の平均好きは、実は子どもの頃から始まっています。
- テストの平均点
- 偏差値(平均=50)
- 内申点のクラス平均
ずっとこう言われてきました。
「平均以上を目指しましょう」
これ、裏を返すと
**「平均以下はダメ」**というメッセージでもあります。
だから大人になっても、
年収・貯金・学歴を無意識に平均と比べてしまう。
SNS時代で平均値はさらに有害なワードになる
昔は「平均」と比べていました。
今はそこにSNSの幻想が加わります。
- 同年代で年収1,000万円
- 30代でFIRE
- 20代で起業成功
この人たちは、全体の分布で見たら外れ値(グラフにすると、右の端っこ)です。
でも毎日目にすると、
- 「これが普通なのでは?」
- 「自分は遅れているのでは?」
と錯覚し嫌悪感を感じる。
平均値的な思考のままでSNSを見ると、自己嫌悪感を抱くだけの、ただのメンタル破壊装置です。
本当に見るべきなのは「自分の過去」
ここで視点を、ガラッと変えます。
比べるべき相手は、
平均でも他人でもなく、過去の自分。
- 去年より収入はどうか
- 去年より使い方は満足しているか
- 去年より自由な時間は増えたか
この比較だけは、ちゃんと意味があります。
- 落ち込ませない
- 煽らない
- 現実的であり、成長の実感を得られる
まとめ:平均はあくまで「参考」、人生の評価指標ではない
最後にもう一度。
- 平均値は「世の中を知る」ための数字
- 自分の価値を決める数字ではない
- 中央値と分布を見る方が、よほど現実的
- 比べるなら「過去の自分」
平均年収429万円は、
あくまで目安であって、ゴールでもノルマでもありません。
平均に追いつくための人生より、
自分が納得できる使い方・働き方をしているか。
その方が、よっぽど“豊か”です。