Uncategorized

私が「労働力の限界」を体感した話

入社3年目の時の話なので約10年ほど前の話です。
時間単価が最も低い時期に、月100時間を超える残業が常態化した部署へ配属されました。

朝8時半に出社。
22時で終われば早い方で、24時まで働くのが当たり前、大体会社を出るのは深夜1時過ぎで、1時になると電車もないため、タクシーで帰宅し、家に着くのは2時頃。

風呂と食事を30分で済ませ、
寝るのは3時。
そして6時半に起きて電車で出社。

この生活を、1年弱続けました。

正直、あの働き方ができたのは20代前半で独身だったから耐えられたと思います。
今なら確実に身体が持たないし、家族にも示しがつかない。

月収は、時間外が桁違いなので、20代前半の安い単価にも関わらず額面50〜60万円ほどありました。
数字だけ見れば、その時だけで言えば同世代より“稼いでいる側”だったと思います。

でも――使う時間がない。
外に出る余裕もない。
心も体もすり減っていく。

その反動で、私はレッドウィングの高価なブーツなどを衝動買いしました。

履く機会もほとんどないのに。

あれは投資ではなく、
ストレスのはけ口でした。


ここで気づいたこと

・時間を切り売りする働き方には限界がある
・収入が増えても、人生が豊かになるとは限らない
・忙しさは、思考停止を生む

そして何より、

自分の時間を、自分でコントロールできないこと、時間単価を決めるのは会社という事実の危機感を初めて抱きました。

どれだけ働いても、単価を決めるのは会社。

これが“労働力モデル”の現実です。


気づき(まとめ)

給料を上げる努力も大事。
昇進も大事。

でもそれだけでは、構造は変わらない。

必要なのは、

労働収入に依存しない柱を持つこと。

それが、資本家思考への入り口だったのかなと、振り返って思います。